あまだまのスンドコ日記

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夏合宿【ホラー怪談小説】

 

 

 ラグビー部の夏合宿で体験した怪談話です。それは私が初めて参加した合宿でした。 その頃、中学1年生だった私たちは、ボールに触る機会もなく、もっぱら基礎体力作りに汗を流し、朝夕、校庭を走り回るだけの日々でした。しかし、いつか必ず選手になって試合に出て活躍してやるぞ、という強い思いを胸に秘め、毎日毎日、辛い練習に耐えていました。

 そして1ヶ月があっという間に過ぎ、やがて夏休みに入り、いよいよ夏合宿が目前に迫ろうとしていた時の私の気持ちは実に複雑でした。普段の練習でさえ、かなりハードなのに、合宿の練習となると一体どれほどきついのだろ、果たして1週間も耐えることができるだろうか、灼熱地獄、粉塵、 絶え間ない怒号、考えれば考えるほど憂鬱になり気がつけば私は、重苦しい ため息ばかりついていました。

 けれども、また一方で親元から遠く離れて仲間たちと一緒に暮らすのは、楽しそうでもあり、またこの地獄の合宿を何とかしのげば2学期からは、本格的な練習に参加させてもらえる、という淡い期待もありました。

 合宿所は、関東の群馬県の山奥にありました。深い緑に囲まれ、近くには渓流が流れていて、青く濡れた岩石の上に沢蟹が這っていました。その合宿所の歴史は、だいぶ古いらしく、昭和の初め頃から私たちの学校の合宿として利用されていたと聞きます。ですから、私たちが合宿所に着いた時には、その古さにみんな思わず顔を見合わせてしまいました。しかも1年生の私たちは一番下っ端の身分ですから、特にひどい部屋を割り当てられました。歩くだけで、あちこちが不気味な音を立てて軋む廊下の一番奥の、1日中、日の当たらない薄暗い部屋で、天井には、拳ほどの大きな穴が開いていて、そこからやぶ蚊や巨大な蛾が我が物顔で襲来しますので、その鬱陶しい奴らを追い払うのに大変骨を折りました。 けれども、朝早くから夜遅くまで先輩たちにビシビシしごかれて、飯を食った後は部屋では、もうひたすら眠るだけでしたので、部屋のことで不満を覚える暇は、ありませんでした。

 そんな生活にも、ようやく慣れてきた頃の出来事です。確か合宿に入ってから4日目だったと記憶しています。部屋で仲間とトランプで遊んでいた時、部活の中で最も恐ろしい前原先輩がやってきました。どうやら先輩たちは、こっそり酒を飲んでいたらしく前原先輩は、かなりフラフラした足取りで私たちの部屋に入ってきました。前原先輩は、いつも不機嫌そうな険しい顔をしていて、私たちに一度も笑顔を見せたことがありません。けれども、その時は酒が入ってるせいか、もう上機嫌で気さくに話しかけてきました。もしかしたら、いびられるのではあるまいか、とビクビクしていた私たちも、先輩の開けっぴろげな話ぶりに、ほっと安心しました。そしてそのうち先輩は、妙なことを語り始めました。

「この合宿所には、恐ろしい話があるんだ。いいかよく聞け。昔、この辺一帯は 合戦場だったんだ。この裏、ちょうど部屋の窓の外にあたるんだけど、そこに戦に敗れた兵士の生首がいくつも転がっていたと言うんだ。みんな無残な死に方だったんだ。夜中の3時頃、窓から表を見ると、そいつらの幽霊が出ると言うんだ。そのあたりに写真を向けると火の玉が映り込むんだぜ。どうだ、お前ら怖いだろう」

 前原先輩の話は、さすがに、薄気味悪く、 その時私たちは身の毛もよだつ心地でしたけれど、でも、ここであまり怖がって震え上がったりでもしたら、前原先輩に、やっぱりこいつらは子供だったんだ、と侮られて、後になって、先輩たちからその無様な私たちの姿を、チクチク責められ、からかわれ、嘲笑されるような気がしたので、私はわざと強がって、

「ちっとも怖くないですよ。全然、平気です。むしろ化けを見たいぐらいです」

 そうして、私たちは、夜中の3時に、窓の外の生首が転がっていたというあたりに向かって、何枚かの写真を撮り始めました。さすがに最初のうちは、恐る恐るカメラを構えていたのですが、窓の外を覗いても、ただ夜空の一面に無数の星が、白く瞬いているばかりで、その他に何も変わったものは見えませんでしたので、私たちはだんだん気が大きくなり、しまいには前原先輩を真ん中にして、みんなで仲良く記念撮影までしてしまいました。撮影が終わってデジカメの液晶画面を見て確認しても、やはり何も不審な点はなく、前原先輩の満面の笑みが映っていました。

 そして、合宿も無事に終わって私たちは、その夜のことはすっかり忘れてしまいました。けれども、合宿から帰ってきた3日後、デジカメの画像をパソコンに取り込んでいる時、私は思わず、ぎょっとしました。驚いたことに、みんなで記念撮影したその写真には、首のない前原先輩が立っていたからです。あの夜、液晶画面で確認した時には、確かに先輩の首は写っていたはずなのに一体どうしたんだろう。

 その翌日の朝のことだったと思います。 前原先輩が電車に跳ね飛ばされて死んだという知らせを受けたのは。前原先輩の首は電車の車輪によって切断されていたそうです。