夜更けの市街地を駆け抜ける1台の車があった。車内では若い男女が会話を交わしていた。 男は健一、助手席に座るのはその彼女、優子。
「 ねえ、ねえ、これから、どこへ行くの?」
そう尋ねられ健一は、ハンドルを握りながらしばらく考えてから言った。
「じゃあ、山に行こうか?」
優子はつまらなそうに眉をひそめた。
「 やだあ、山なんかより海に行こうよ」
「 分かった、分かった。じゃあ海へ行こう」
と、渋々承知した。そして、
「佐島臨海公園でいいよな?」
と聞いた。優子は大きく頷いた。
佐島臨海公園とは、2人が初めて出会った場所で、ここからの道のりは約1時間ほど。 2人はしばらくの間、思い出話に花を咲かせていたが、 やがて、話題も尽きたので、 優子がテレビのスイッチを入れた。 画面にはお笑い番組が映し出された。 5、6人の若手芸人がドタバタと騒いでいる。優子は退屈そうにあくびをするとテレビを消した。そして寝た。
車内は急に静まり返った。
優子が目を覚ましたのは5分後だった。 凄まじい 衝撃音が彼女を叩き起こしたのだ。 飛び起きて隣を見ると、健一がハンドルを握りしめたまま 呆然としていた。
「ねえ、ねえ。一体どうしたの?」
と、優子が声をかけ、それから、2、3度肩を揺すってやる。 健一は、はっと我に返り、
「やっちまったよ…」
「何をやったの?」
「やっちまったんだよ…」
「だから何を?」
「 轢いちゃったんだよ…」
「何を?」
「人を…」
それから、優子は彼を落ち着かせて、もう一度、詳しく聞くと、健一が答えて言うには、赤信号を無視して横断歩道を渡っていて男を、車で跳ね飛ばしてしまったとのこと。
「 大丈夫だよ。まだ死んだって決まったわけじゃないし、ね」
「いや多分死んでいるよ…」
「どうして?」
「なんとなく、そう思うんだ…」
果たして、この予感は的中していたのである。 その後、2人が男を跳ねたというあたりまで引き返して確認すると、男が横断歩道の上に倒れていたのである。それは 、背広にネクタイというサラリーマン風の男だったのだが、 頭がぐちゃぐちゃに潰れて脳天から脳みそをぶちまけているその姿は欲目で見ても、とても生きている人間のものとは思えなかった。
2人は逃げ出した。 辺りに人影のないのを確認すると、2人で死体を持ち上げトランクへ押し込んだ。 そして、それが終わりや否や、車を急発進させた。
「あの死体はどうするの?」
と、優子が心配そうな顔で尋ねた。
「山だ、山。これから山へ行って捨てるんだ。なあに、バレやしないって」
と努めて明るく答えたが、声は動揺していた。
「そ、そうだよね。バ、バレないよね」
かえって不安になった。優子は気を紛らわすためにテレビをつけた。さっきのお笑い番組はいつのまにか終わっていて、今は 深夜のニュースが放送されている。男性キャスターは世界の混乱を伝え、その隣の女子アナウンサーは、話の要所要所で相槌を打っている。優子は見るともなしにそれを見ていた。健一は無言のまま運転を続けている。この時、死体を乗せた車は山道へと入っていた。
ニュース終了間際だった。優子は思わず 画面に釘付けになった。男性キャスターの身に異変が起こったのだ。画面に、突然、灰色の砂嵐が起こり、そのザーザーという画面の乱れが急激に晴れていくと、原稿を読み上げていた男性キャスターが、さっき殺した男に変わっていたのである。優子は悲鳴を上げた。
「きゃあー!」
健一は慌ててブレーキを踏んだ。そして、
「ど、どうしたんだよ」
「見て…」
優子の指さすほうを見て、健一はぎょっとした。頭が爆発して脳みそが飛び出ている男が、テレビの中から、こっちへ近づいてくるところだった。やばい、こいつが画面の外に出てきたら俺たちは殺されてしまう、そう直感した健一は再びアクセルを踏もうとした、その途端、背後から、どん、どん、という何かを叩く音がけたたましく聞こえてきた。 恐る恐る 顔を上げ健一 がルームミラーを見ると、そこに映し出されていたのは、どん、どん、どん、どん、どん、どん、と拳で後ろの窓ガラスを叩く めちゃくちゃに潰れた顔だった。
翌日、深夜のニュースで男性キャスターはこんなニュースを伝えていた。
「 昨晩、某県の山奥の山道で、若い男女を乗せた車がハンドル操作を誤り、崖から転落するという事故が起こりました。2人は、 搬送先の病院で間もなく死亡しましたが、車のトランクルームからはもう1体 サラリーマン風の死体が発見されました。 警察は、現在、男女と死体との間に何らかの関係があると見て調べを急いでいます」